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勘違いホワイトデー

事の始まりは、一本の電話だった。

「はい」
上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら受話器を取る。
最近働き詰めで疲れている所為か、身体がだるくて仕方ない。

「夜分遅くにすいません。本田と申します。アーサーさんはいらっしゃいますか?」

久し振りに耳に入る声は、聴いていて心地良かった。

「ああ、菊か。どうしたんだ?」
「明日の御予定を伺いたいのですが…」
「明日?」
なんでまた、と思いながら、アーサーは壁に掛かったカレンダーに目をやる。

明日は……3月14日。何の日だ?

「明日なら空いてるが、何かあったのか?」
「えっと…渡したい物がありまして…」
「渡したい物?」

疑問符が浮かんで疲れた頭で考えるが、すぐに霧散した。

「…はい」
「わかった。そうだな…14時に来てくれないか」
「はい。わかりました」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

ひたすらに無機質な音を鳴らす受話器を置き、アーサーはベッドに倒れ込む。
すぐに睡魔が襲ってきて、そのまま目を閉じた。



 *



眩しい。寝ぼけた頭を無理矢理覚醒させ、時計を確認する。
今は…13時30分。

「…え、」

約束の時間まで、後30分。
一気に目が覚めたアーサーは、ベッドから飛び起きて次の行動に頭を巡らせる。
急いでシャワーを浴びて出ると、既に時計の針は45分を回っていた。
部屋に散乱している書類の束を拾い集め、ひとまとめにして部屋の隅に積む。
アーサーがその作業を繰り返し、見苦しくない程度に片付いたところで、チャイムが鳴った。
玄関に走り、ドアを開けると、思った通りの人物がいた。

「お久し振りです、アーサーさん」

藍色の着物に身を包んだ菊は、小さな紙袋を両手で持って立っていた。

「ああ。久し振り。…上がっていくだろ?」
「…ありがとうございます」

アーサーはドアを大きく開き、菊を玄関に通す。
お邪魔します、という台詞と同時に、ドアが閉じた。

「あの…」
振り返って、菊は切り出す。
「なんだ?」
「…お忙しい中、お邪魔してすいません。今日は早めに帰りますね」
そう言って、ごまかすように笑って、菊は部屋の中に入る。

「菊」

後ろから抱き寄せると、その身体が微かに揺れた。

「髪」
「え?」
菊の言葉の意味がわからず、アーサーは間抜けな返事を返した。

「まだ、濡れてます」
白い手が金の髪に触れる。
菊は眉間にしわを寄せ、アーサーを睨んだ。

「…さっき、シャワー浴びたとこだから」
「3月でも、まだ寒いですよ。風邪を引いたらどうするんですか」
「菊に看病してもらう」

眉間のしわが消え、呆れたように嘆息を吐く。

「…馬鹿な人」
「馬鹿で結構だ」
菊はアーサーを見つめたまま、尋ねた。
「ドライヤーは、どこですか?」



 *



ゴーゴーと吹きつける温風に髪を揺らしながら、アーサーは呟く。

「…悪いな」
「いえ。…ずっと働いていらしたんでしょう?」
「まあ、そうだな」

何故わかったのか疑問に思ったが、この部屋の状態を目にして合点がいった。
ほとんど家にいる時間がなかったとはいえ、酷すぎるだろう。
書類を拾い集めたおかげで床は歩けるものの、PC周辺はキーボードが見えないほど荒れている。

「…疲れてますね」
「…そうだな」

ドライヤーの音だけが、部屋にこだましていた。

「…アーサーさん」
ふと気がつくと、温風の吹きつける音は無く、菊の声だけが耳に届く。
「え?ああ、悪い」
「いえ。終わりましたので、一応御報告を」
「…ありがとう」
「どういたしまして」

菊は紙袋を開け、中から綺麗にラッピングされた包みを取り出す。

「…この間の、お返しです」
と、渡されたはいいが、アーサーは手の中の包みを見て考えた。

「…この間のお返しって、どういう意味だ?」
尋ねると菊はきょとんとアーサーを見つめ、口を開いた。
「先月の、14日に…」

先月…2月14日か?

アーサーはしばらく記憶を掘り起こす作業を進め、
「……あ」
思い出した。
先月、確かに菊に花束を渡した。だけど、それは…
急に笑い出したアーサーに、菊は戸惑いを露わにする。

「え?どうかしましたか?」
「…いや、悪い」
笑いが収まった所で、アーサーは言う。

「菊。誕生日プレゼント、まだ渡してなかったよな。何がいい?」
「え?…えーっと…そういえば、そ……あ」
一つの結論に至った菊の、顔が徐々に赤く染まっていく。
「…え、だって、14日だったし、その…」
そして、ぶつぶつと一人で呟いて、俯く。
「…だから、あの時、おめでとうって…」
「菊」

頬に触れると、熱かった。

「…先に、言ってくださいよ…」

アーサーが下から覗き込もうとすると、平手で叩かれる。

「…見ないでください」
「嫌だ」
手で顎を上にあげさせると、菊は抗議の目でこちらを睨む。
「…変態」
「最高の誉め言葉だ」

羞恥で潤んだ瞳で睨まれても、全く怖くない。

「誕生日おめでとう。遅れてごめんな」
からかい半分に言うと、菊は不機嫌そうに答える。
「…ありがとうございます」
そのまま深く口付けると、菊は切ない声をあげる。
「…ん、はあ…んん……」
菊をベッドまで運び、アーサーはその上に跨る。
「アーサー、さん…」
「ん?」

先程とは違う熱を孕んだ瞳で見つめられ、アーサーは服を脱がす手を止め、菊を見る。

「その、今日は…やっぱり、止め…え、あ…っ」
首筋に舌を這わせると、その言葉が途中で途切れる。
「悪い。聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」
耳元で囁くと、身体を震わせて菊は途切れ途切れに言う。
「…わ、ざと、やってる、くせにぃ…やあっ…」
身体を弄ばれる感覚に身をよじらせる菊を、アーサーは愉しげに見つめる。

「何の事だ?」
「っ…あ、はあ、…やめ、…あ…あ、アーサー、さん…」
「ん?」
顔を寄せると、菊はアーサーの首に抱き付いて、意趣返しとばかりに耳元で囁いた。
「…明日、寝坊しても、知りませんよ」
「構わねえよ」
そんなこと、と付け足す。

すると、菊は何か呟いて、笑った。それにつられて、アーサーも笑った。

ほのぼの、が書きたかったです。
殺伐としたやつばっか書いてるので。
普段あまりミスをしない人がミスると可愛いと思いますた\(^p^)/


そして、おまけ。



翌日。


朝:アル、見ろ!!菊からホワイトデーにプレゼント貰ったぞ
或:へー。何貰ったの?
朝:…なんだよ、その棒読み加減は…まぁ、いいか。…ほら、マシュマロだ!
或:…アーサー
朝:なんだ?
或:それ、ごめんなさいって意味なんだぞ?
朝:……え

はい、特に意味も無い小ネタでした。
マシュマロは、特に意味はありません。菊が適当に買った設定です。

お粗末さまですた\(^^)/