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「奇縁-die.-」


一週間も経つと、この廊下も見慣れたものになりつつある。
生徒たちの声が教室棟から聞こえてきて、昼休みを楽しく過ごしているのだろうと感じさせた。

ルートヴィッヒが渡り廊下から、眺めの良い中庭を見下ろしていると、正面から黒髪の音楽教師が歩いて来た。
「良いお天気ですね」
「そうだな」
「……」
沈黙が流れたため、ルートヴィッヒはローデリヒを見る。と、彼は少し驚いた表情を浮かべていた。

「…あ、失礼しました」
普段の口調を出してしまったのが、気になったのだろう。
「いえ、そのままで構いませんよ」
やんわりと微笑んで、ローデリヒは言った。
「え?」
「あなたの方が年上ですし」

ルートヴィッヒは、年上、というその言葉に一瞬違和感を覚えたが、レジェンド―偽経歴を思い返して納得する。
今回は3歳ほど、さばを読んでいた。

「…ああ、わかった」
「あ」
ローデリヒの目は、ルートヴィッヒのスーツの袖に向いていた。
「カフスボタン、取れかけていますよ」
「…あ」
「付け直して差し上げます」
「え?いや、大丈夫だ」
「今日は6限授業の日ですので、時間がありますから」
「…わかった」
ルートヴィッヒが了承すると、ローデリヒは部室棟に向かって歩き出した。

「…どこに行くんだ?」
「音楽室です」
部室棟二階の端にある音楽室からは、グラウンド一面が見渡せる。
窓際に置かれたグランドピアノが、日に照らされて黒く輝く。

「お昼はもう食べました?」
「ああ」
なら、とローデリヒは音楽準備室の扉を開け、ルートヴィッヒを中に招き入れる。
「昨日、ザッハトルテを作ったんですが、多く作り過ぎてしまって…。良かったら、召し上がりませんか?」
「ああ。ありがとう」
「ここでお食べなさい。その間にボタンを付けますから」

口に入れると、上品な甘さが広がる。
美味しい、とルートヴィッヒは率直な感想を述べる。
「ありがとうございます」

ローデリヒは何か思い出したように手を止め、呟いた。
「…そういえば、あなたの体育の授業はとても厳しいらしいですね」
「…っどこでそれを…?」
危うく口の中の物を吹き出すところだった。
「生徒が言ってたんです。初めての授業は地獄だった、と」
日頃の訓練が身に染み付いている所為で、授業まで厳しくやり過ぎたのである。
ルートヴィッヒは言い訳じみたことを呟いた。
「……前の学校では、あれぐらい厳しかったんだ」
「そうですか。…まあ、最近はあまり聞かないんですけど」
「…そうなのか?」
「ええ。…だけど、もう少し手加減してあげてください」
「…わかった」
改善策を見つけるのが難しいと思ったが、了承する。

食べ終わる頃には、ボタンも付けられていて、上着を手渡された。
「悪いな」
「いえ。…まだ余っているので、食べませんか?」
上着を着ながら、腕時計に目をやる。
そろそろ昼休みも終わりそうな時間になっていた。
「ああ、ありがとう。…放課後でも構わないか?」
「良いですよ。では、放課後にお待ちしています」



放課後。
部室棟二階の端にある音楽室には、西日が差し込んでいる。
今日は珍しく、音楽室内から打楽器の音が聴こえない。だが、その代わりに、ピアノの音が耳に入った。

扉を開くと、音が止んで、それを弾いていた人物が立ち上がった。
「遅かったですね」
「悪い。ちょっと生徒指導の件で話してたんだ」
「そうですか」
「…きれいな曲だな」
曲名はわからないが、なんとなく訊いたことのある曲だった。
「ありがとうございます」

ローデリヒは準備室の扉を開いて、中に入った。
ケーキを入れる紙製の箱を取り出して、封を開ける。
「…後、三切れ残ってるんですけど、もし良ければ持って頂けませんか?」
「良いのか?」
「ええ。ですが、今日中に召し上がってくださ…」

ドン。

何かが校舎に衝突したかのような、重低音が響く。
続けて、フルオートの連射音が聴こえた。

「っ……」

始まった。そう、直感的に思った。

「何が起こってるんです?」
扉を見つめながら、眉をひそめてローデリヒは呟く。
「…様子を見て来る」
「え?」
ドアノブに手をかけるのを、ローデリヒが制止する。
「お止めなさい。危険です」
「大丈夫だ」
その手を振り払って、扉を開ける。
「お前はここにいろ。鍵を掛けて、そこの机の下に隠れろ。誰が来ても扉は開けるな」
「…はい」
事務机を指差して言うと、こちらの剣幕に圧倒されたのか、ローデリヒは頷いた。
出る前にちらと振り返ると、心なしか彼は少し血の気の引いた顔色をしていた。

鍵が締まる音を背中で聞いて、音楽室の入口の前で立ち止まる。
廊下から足音が聴こえたため、扉の右横の壁に背を付け様子を見る。
パパパパパ、という連射音と共に扉に穴が空き、弾が床を跳ねる。
間髪入れず突入してきた黒服の人間の顎を掌底打で打つ。
さらに、左のストレート。
鼻の軟骨がへし折れ、男がよろめいた。
廊下側に倒れそうになる身体を掴んで、腹に膝蹴りを叩き込んだ。
そして、うつ伏せに倒れた男の首を踵で踏んで折り、絶命させる。

防弾ベストを剥ぎ取って着用し、AK-74―ロシア製アサルトライフルと予備の弾倉も頂いておく。
武器がいつもと違うため使いにくいが、文句は言ってられない。

音楽室から正面に伸びている廊下に、この男の仲間と思しき黒服が出てきた。
即座に撃ち殺す。
男の遺体を端に寄せて隠してから、階段を慎重に下りていく。

携帯電話を取り出して、フェリシアーノに電話を掛ける。
2コールほどして、相手が出た。
「This is Ludwig.Can you hear me?(こちらルートだ。聞こえるか?)」
「Yes,I can.Today's din…(うん、大丈夫だよ。あ、今日のば…)」
「School is made a rade on. Can you come within three minutes?(学校が何者かに襲撃されている。3分以内に来れるか?)」
「I'll take only things in the car,won't I?(車に積んであるやつだけでいいんだよね?)」
「Yes.A meeting place is the back gate…(ああ。集合は裏門…)」
階段の踊り場の窓から、黒服の男の影が見えた。
「The back gate is brought under their control.Can't you come to the gym-warehouse from an east fence?(裏も制圧されている。東の柵から、体育館倉庫に来れないか?)」
「Then,it'll take me for more than three minutes…(それだと、3分以上かかっちゃうけど…)」
「How long does it take?(何分だ?)」
「Four minutes.Slowly,plus 30seconds.(4分。遅くても、プラス30秒)」
「That's enough.(十分だ)」
「Rojor.Does Arthur get all right?(了解。アーサーは大丈夫なの?)」
「I don't know.I'll contact him.(わからん。今から連絡を取ってみる)」
「Rojor.Bye.(了解。じゃあね)」
通話を切って、そのまま隠れながらアーサーに電話をかける。

コール音が続く。

十数回続けた後、ルートヴィッヒはそれを止めた。
アーサーなら乗り切れると信じ、階段を下りていく。
廊下を見張っていた一人の男と交戦し、顔の横を7.62mm弾が通過する。
僅かに身体を出して撃ち返す。弾は男の腕を抉った。
男が怯んだ隙に追い討ちをかける。
額と顔に3発ほど命中させて、殺した。
他の教室から出てきた人間も、撃ち殺していく。
弾切れを起こし、AK-74がホールド・オープンする。弾倉を素早く交換、コッキングして、一階廊下の敵を掃討した。

誰もいない廊下を通り抜ける際、いちいち教室内を確認して行く。
が、どこも身体に穴が空き、地に伏せている生徒しかいない。 教室の床は、部活中だったのだろう、彼らの血溜まりができていた。
生存者の発見は絶望的だった。

部室棟で一番東端の教室に入り、窓から体育館倉庫の方を視認する。
そこまでは手が回っていないのか、人影は見受けられなかった。

AK-74を背負い、窓を開けて外に出る。
渡り廊下と違って、裏門からこちらは見えない。
AK-74を構え直し、周囲を窺ってから、待ち合わせ場所まで走り抜ける。
体育館横に突き出ている倉庫に背を付け、フェリシアーノの到着を待った。