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「合縁-The first breath is-」



長い夜は、いつまで続くのだろうか。
そういっても、光の届かない深海に沈むこの艦艇の中では、実感の伴わない虚ろ な時間感覚が漂っているのだが。
他の考えに捕らわれていた意識を戻して、この潜水艦の艦長、本田菊は黒い瞳を 腕時計に向ける。
針は、丁度20時を指していた。

作戦開始時刻である。







同時刻。
ロシアの隣国ウクライナのハリコフ州を一台のワゴンが走っていた。
この州は、旧ソビエトにおけるウクライナ共和国の首都である。
軍事拠点だったこの都市には、数多くの軍需工場が遺されている。
その一つと思しき廃工場と、50Mほどの間隔をあけ、ワゴンは停車する。
廃工場の入口に立つ人間の持つAK74―ロシア製アサルトライフル―が、白熱灯に 照らされて輝いていた。

二人の見張りは、無言で視線を交わしてから、同時に安 全装置を解除、そしてコッキング―薬室に初弾を装填―し、標準をワゴンに合わせる。
そうして初めて、引き金に指をかけた。

「…I start mission.(…じゃあ、始めるよ)」

車の中の少年は、無線機のマイクにそう告げてから、FN社ミニミ軽機関銃と共に 車外へ飛び出した。
同時に、ワゴンは扉が開いているにも関わらず急発進し、来た道を逆走していく。
少年は反撃の隙も与えず、引き金を引いたまま身体を左から右に動かし、即座に見張り二人を撃ち殺す。
ミニミの衝撃にはもう慣れたもので、金髪の少年は、本体と弾倉の重量、併せて10kgの巨体を軽々と扱っている。
ガスマスクを着けているため表情は見えないが、どこか愉しげだった。
発射速度毎分1000発の5.56mm弾が、銃声を聴いてやって来る見張りだけでなく、 コンクリートの壁や、工場の内部にまで弾痕を穿つ。

「…もっと楽しませてよ」

飛び散る血飛沫と、舞うように地に臥す人間たちを見て、金髪の少年―アルフレッド・ジョーンズはつまらなさそうに呟いた。



 *



工場の屋上から身を乗り出し、見張りの狙撃手はアルフレッドに狙いを定めた。
だが、引き金を引くより速く、その側頭部は銃弾に抉られ、狙撃手は絶命する。

「殺らせねえっつーの」

ケセセ、と独特な笑い声がする。
銀髪の青年は、鉄骨の上で、H&K MPG-90を構えていた。

H&K MPG-90とは、前身であるPMG-1の性能はそのままに、それを軽量化したセミオートマチック・ライフルである。
命中精度も高い。

彼は、廃工場の横にある建設中の骨組みによじ登り、そこから狙撃を開始していた。
鉄骨にある程度の太さがあったことと、彼のバランス能力の高さがなせる技だ。
異変に気付き、こちらを向いた見張りに標準を合わせて、引き金を引く。
7.62mm弾は眉間を通り抜ける。
再び、彼―ギルベルト・バイルシュミットは狙いを定める。
一人、また一人と、屋上の人間が赤い液体を散らした。



 *



非常ベルの鳴り止まない工場の最奥に、PCの立ち並ぶ部屋―総合制御室―がある。
そこは、廃工場のような外見にそぐわない程、設備が整っていた。
その総合制御室に、二人の男がいる。
まだ少年の面影の残る、彼らのうちの一人が、無線通信用ヘッドホンを外して、所在なさげに呟く。

「…Что делать,Felix(…ど、どうしよう、フェリクス)」
「トーリス、ちょっとは落ち着くしー」

"フェリクス"と呼ばれた男は、後ろ向きに座った椅子の背もたれに両腕をかけ、 余裕綽々といった様子で答える。

「でも…」

しきりに机と机の間の細い道を行き来する"トーリス"を、励ますようにフェリクスは言う。
「奴らは絶対ここに来るからー、その時に殺しちゃえば良くない?」

確かに彼の言う通りなのだが、トーリスは胸にわだかまる何か嫌なものを感じずにはいられなかった。
「…そう、だよね」
その直後、工場内に爆発音が響き渡った。

「…どこから?」

尋ねるフェリクスに、トーリスは少し考えてから答える。

「…多分、倉庫の方だと思うけど…」
「陽動…?」
そうフェリクスが呟くと、トーリスは言った。
「…何らかの対立組織があれを狙って来た、っていうのもありえない話じゃないと思う」
「でもさー、あれを狙うならこっちを狙うっしょ」
「…確かに、そうだね」
「それに、一つに絞った方が守りやすいしー」

椅子に座りながら、フェリクスは机の上の工場全体図に、色の付いたピンを刺していく。
「…残ってるのが、ここ、ここ、ってことは……」
どうやら、青いピンは生存者、白いピンは死亡者を表しているらしい。
「…正面一人、北西…あ、あの鉄筋の上に一人、倉庫爆破に一人…で、ワゴンに一人」
そして、襲撃者を表す赤いピンも追加される。
「……ってことは?うわ、3+1対2なんだけど。まじありえんしー」
トーリスが見つめる横で、俺ルール発動で2対2に減らすしー、などと、フェリクスは一人で盛り上がっていた。

「つーか、ここに来るのは、多分一人だからー」
「なんで?」
「一人は陽動、」
フェリクスはその白い指で、正面入口の前方に刺されたピンを弾く。
「一人はその補助、」
次は、北西、地図の余白部分に刺されたピン。
「本命は、倉庫を爆破した、この人間っしょ」
最後は倉庫に刺されたピン。
「それも陽動で、他にもう一人本命がいる可能性は?」
「ない」
きっぱりとフェリクスは答える。
「なんでわかるの?」
「んー…」

しばらくの思考の後、フェリクスは結論を出す。
「勘だし!」
「……そっか」
溜め息を吐いて、トーリスも白地図に目を落とした。

フェリクスの勘は、何故か良く当たる。