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恋するトマトH

昨日の土砂降りはあれから一晩中降り続いたが、朝になってみれば雲一つない青空が広がっていた。

「…ロヴィ、遅いな」

もう来てもいい頃のはずなのに、一向に待ち人が姿を見せる気配はない。
「おい、君。ちょっと質問してもいいかい?」

ぼんやりと立つアントーニョは、突然後ろから話しかけられた。
「え?」

振り返ると、金髪の青年がそこに立っていた。
年は、アントーニョより若いと見える眼鏡の青年は、貼り付いたような笑みを浮かべて、こちらへ近付いてくる。
「ロヴィーノ・ヴァルガスって人を知らないか?」

こいつが、ロヴィーノを捜している人間なのか。
背筋に嫌なものを感じて、アントーニョは警戒しながら答える。
「…わかりませんね。どんな人ですか?」
「茶髪で、身長は百七十p位、年齢は二十三歳の細身の男。知らないんなら、それでいいよ」

身体的特徴も一致している。
こいつの探しているロヴィーノは、あのロヴィーノと考えて良さそうだった。
「…なんで、その人を捜してるんです?」
「旧い友人でね。ここらに旅行に来ていると聞いたから、捜してるんだ」
もっともらしい嘘を吐くこの人間は、世界で一番信用できない部類の人間だ、と感じた。

「…そうですか」
「見かけたら、ここに連絡してくれないか?」
「…わかりました」

電話番号の書かれた名刺サイズの紙だけが手の平に残った。







金髪の男が去っていくのを見て、ロヴィーノはアントーニョの傍に二、三歩歩き寄る。

無理に引き延ばしてしまったこの関係を、終わらせなければならないのだ。
そんな予感が確信に変わる。
「…アントーニョ」
「ロヴィ…」

アントーニョは自分を見ているのに、ロヴィーノは、決して彼の方を見ようとはしない。

「…お別れだな」

もう言いたくない。
何度も言えば、その言葉の意味に気付いてしまう。
また会いたい、なんて、思いたくなかった。

すぐに立ち去ろうとするロヴィーノの腕を、アントーニョが掴んだ。
「え?ちょっと待ってや!」
「離せよ!」

腕を乱暴に振って逃れようとするが、案外力が強くて叶わない。
「嫌や!今度は絶対離さんわ!」

何だよ、今度は、って。ああ、そういう意味か。
アントーニョの強い剣幕に、あの雨の日の出来事が思い起こされて、ロヴィーノは抵抗をやめる。
「っ……」
「あいつは誰なん?」

腕を掴んだまま尋ねるアントーニョ。
だが、ロヴィーノは首を横に振るだけだった。
「……わからない」
「な…」
「アントーニョ、怖いんだ。すごく」

言いかけたが、ロヴィーノの震える声に遮られた。
絶え絶えに続いていた言葉の語調が、少しずつ強まっていく。
「けど、きっと、アントーニョにも迷惑がかかる。…だから、」
「今さら何言ってんねん」
「え?」

あまりにあっけらかんと言われたため、ロヴィーノの開いた口が塞がらない。
「そんなん気にするわけないやろ。友達やねんから。まだ払ってないバイト代分くらいなら、役に立てるで」

アントーニョの気持ちは嬉しく、ありがたかった。
けれど、何故だか、友達というフレーズに引っかかるものを感じ、ロヴィーノは言葉に詰まる。
「…馬鹿だろ」

それ以上、何も言えなかった。
それから、しばらく続いた沈黙の時間を破ったのは、ロヴィーノだった。
「…海の近くに住んでたって話はしたよな?」
「せやな」

頷くアントーニョを見てから、ロヴィーノは話し始めた。
「俺は、港の積荷運搬の仕事をしてた」