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「知音-could you be satisfied?-」

アントーニョとこんな風に過ごす毎日は、長くは続かなかった。

いつもより遅い夕食を共にするアントーニョの表情は、どことなく暗い。
「…何かあったのか?」
近頃この屋敷の内部でさえ騒がしさを感じているロヴィーノは、不安げに尋ねる。
「ちょっと、最近ごたついててな…」
「…そっか」
重苦しい空気が流れ、食事の手も止まる。

「ロヴィ」
沈黙を破ったのは、アントーニョの呼びかけで。
ロヴィーノは、顔を上げて視線を合わせる。
「じきに、親父は殺される。そしたら俺も狙われる。やから…」
「……」
「ロヴィ、今のうちに逃げ」
「…逃げて、どうすんだよ」
「サツに保護してもらって、そっからは…」
「俺のことじゃねえよ!お前は、どうするんだよ」
ロヴィーノが机の上を叩いた衝撃で、食器が揺れる。
「わからん。死ぬか、なんとか逃げ切れるか…。まあ、生き延びれるとは思えへんけどな」
諦めたように笑って、アントーニョは言った。

「っ…お前、俺を守るんじゃなかったのかよ」
「…悪い」
アントーニョは、ロヴィーノから目を逸らす。
「…っもういい!」
ロヴィーノは立ち上がり、そっぽを向いてベッドに歩み寄る。
「ロヴィ」
「……」
「明日の晩、サツん前まで送るわ」
「……」
腹立たしいのと、悔しいのが混じって、何も言えなかったことを、覚えている。


その翌日の晩。
いつまで待っても、扉を叩く者はなく、ロヴィーノはテーブルの上の時計を見る。
針は、10時を指していた。

妙な胸騒ぎを感じたロヴィーノは、部屋の扉をゆっくりと開き、広々とした廊下に出る。
廊下は嫌に静かで、さらに不安が広がった。
初めてここに来た時、教えてもらったアントーニョの部屋に走る。
息を切らしてその部屋の前に着いた時、隣から乾いた銃声が聴こえた。
続いて、悲鳴にも似たアントーニョの声が聴こえ、ロヴィーノは扉を少しだけ開いて中を覗き見る。

室内には、アントーニョと見たことのない男が、向かい合って立っていた。
男の持つ銃口の先には、大きなベッドがあり、白いシーツが赤く染まっていく。
誰かが、撃たれたらしい。
珍しく怒りを露わにしたアントーニョが、男に近付く。
と、男はアントーニョに銃口を向ける。

撃たれる、と思った瞬間、身体が勝手に動いていた。
全力で男に体当たりを仕掛ける。
「ロヴィ!?」
男は発砲したが、弾は狙いから大きく外れ、天井に穴をあける。
ロヴィーノを振り払おうともがく男。
その所為で殴られ、身体のあちこちが痛むが、ロヴィーノもしつこく食い下がる。

「勝手に死ぬなんて、許さねえからな!」
ロヴィーノは叫んだ。
男はロヴィーノを引き剥がし、銃口を向ける。
男が口元をつり上げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべるのが見えた。
死を感じた瞬間、男の身体が真横に吹っ飛び、壁にぶつかる。
男に飛び蹴りをくらわせたアントーニョは、ロヴィーノの前に着地した。
そのままずるずると地面に倒れる男の手を踏んで、銃を奪うアントーニョ。
そして額に銃口を押し付け、引き金を引いた。

何故かアントーニョの腕を掴みかけた手は、宙を泳いで地に落ちた。
壁に赤い液体が伝い、床に広がる。
「…ありがとうな」
頭に乗せられた手は、いつもみたいに温かくて、涙が出そうになった。
「…別に。約束守ってもらいに来ただけだ」
「そっか。そやな。でも、ありがとう」
「…うっせーよ、馬鹿」
頭から手をどけたアントーニョは、銃を構え直して言った。
「…行こか」

どこへ行くのかなんて、わからない。けれども、ロヴィーノは頷いた。
ただ一つ、わかったことは、誰かが生きるということは、誰かが死ぬということ。

それだけだった。







硝煙の匂いが、身体にまとわりつく。
好きではないが嗅ぎ慣れてしまったこの匂いに、ロヴィーノは顔をしかめた。

今回の仕事は、聖レナーテ学園に潜入し、音楽教師からデータ媒体を奪う、もしくは壊すこと、のはずだった。
だが、依頼主が直前になって作戦内容を変更してきたため、地獄絵図がここで再現されることとなったのである。
アントーニョはぎりぎりまで迷っていたようだったが、一介の雇われ傭兵が依頼主に逆らえるはずもない。

体育館で部活動の真っ最中であった生徒たちは、3分も経たないうちに全滅し、床に赤い液体をだらだらと流している。
弾薬の消費していない、AK74―ロシア製のサブマシンガンを床に置き、ロヴィーノは嘆息を吐いた。
それを見たらしい、依頼主の子飼いである黒服共が何か囁き合う。
会話がロシア語で行われる所為で、何を話しているかはわからないが、言葉の端々に浮かぶ嘲笑が聞こえた。
頭のイカレた殺戮兵器たちを視界から消し、ロヴィーノは体育館の外へ出ていく。

そろそろ終わる頃だろう。
アントーニョを探しに行こうと、部室棟に向かって歩く。
半分を過ぎたところで、後ろから叫び声が聴こえた。

「ねえ、君!」
まだ生き残っている人間がいるのか。
「…っ」
不審に思うと同時に、鬱陶しく感じたが、ロヴィーノは振り返る。
「ここは危ないから、早く逃げ…」

まるで鏡を見ている気分だった。

ロヴィーノと全く同じ顔をしたその人間は、同じように表情を驚きに変える。
先程まで頭の中で渦巻いていた考えが消え、思考が止まる。
「…お前、」
「…君は、」
同時に言いかけた台詞は、アントーニョの声によって遮られた。
「ロヴィ!引き上げんで!!」
「…っわかった!」
何か言いたげなそいつの表情を無視して、ロヴィーノは走り出す。

すぐにアントーニョと合流して、学校の傍に停めておいた大型オートバイに跨った。
「…っ痛いわー」
「何かあったのか?」
仕事でへまをしないアントーニョにしては珍しいと、ロヴィーノは疑問を口にする。
「めっちゃ強い奴おってん。親分もう死ぬかと思ったわ」
「へえ」
ヘルメットを被りながら、話に耳を傾けるロヴィーノ。
「そいつに腹と胸に一発づつ食らって、この様や」
「…よく死ななかったな」
心の中の呟きは口から出ていたようで、アントーニョはロヴィーノの前に跨り、笑顔で言う。
「約束守らなあかんからな」
その言葉を残して、オートバイは発進する。

目的地など必要ない。この約束さえあれば、生きていける。
そんな自信が湧いてくるから、不思議だった。

ロマーノの過去編、終わりました!
西ロマいいねえ(^^) リクありがとうー