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恋するトマトB

今日も天気は快晴で、トマト畑の横の樹が大きな影を作っていた。
そこをちらと見たアントーニョは、ロヴィーノと目が合った。
「…来てくれたんや」

心底嬉しそうにアントーニョはロヴィーノの傍に駆け寄った。
「ありがとうな」
「…礼言われるようなことしてねえよ」

無愛想に呟くロヴィーノ。
影に入った所為で表情は見えにくかったが、これは彼の照れ隠しなのだるう。
「せやな。けど、ありがとう」
「うるせーよ」

予想通り、再びぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「あ、でもな、ロヴィ」
「なんだよ?」

少し焦りを見せたアントーニョを訝しんで、ロヴィーノは聞き返す。
「今日はちょっと都合が悪いから、はよ帰って…」
「よーっす!俺様が来てやったぜ!」

そこへ、ギルベルトが乱入し、ロヴィーノは慌てて樹の陰に隠れる。
けれど、ギルベルトの赤目は隠れた人間に気付いたようだった。
「…あれ?誰だよ、そいつ」
「いや!誰もおらんし!」

アントーニョは、必死にギルべルトの前に立ちはだかる。
「え?誰かいるだろ?樹の陰に隠れたじゃねえか」
「幻覚でも見てたんちゃうん?プー、疲れてんなあ」
「いや、幻覚じゃ…」
「プー、ちょっとええか?」
「お、おう」

突然アントーニョに笑顔で肩を掴まれ、ギルベルトは胸に嫌なものを感じた。
そのままアントーニョはギルベルトの耳に口を近付け、低く囁く。
「(…調子乗っとんちゃうぞ?空気読めや。プー太郎に空気っちゅう特性加えたろか?憧れは空気か?将来の夢は空気ですーってか?)」

数々の罵詈雑言に堪えきれず、流石のギルベルトも反論を試みる。
「ちょ、ひどくね?なんでそこまで…」
「(いいから黙れや)」
が、途中でアントーニョに遮られ、その手の握力と圧力が、さらに増すばかりであった。
「お前、いつもとキャラ違くね…?」

嫌な予感は見事に的中し、ギルベルトの掴まれた肩と精神が限界まで追い詰められたその時、樹の陰からロヴィーノが姿を現す。
「…アントーニョ」
「…ロヴィ、ええんか?」
「ごまかしてもしょーがねえだろ」

そっぽを向いてそう言うロヴィーノを見て、ギルベルトは全力で主張した。
「あ!ほら、やっぱいるんじゃねえか!」
「お前は黙っとけ」

だが、それはアントーニョにばっさりと切り捨てられる。
ロヴィーノはそんなギルベルトと視線を交わし、尋ねた。
「…誰?」
「ギ…」
答えようとしたギルベルトの言葉を遮って、アントーニョが割って入る。
「プーやで」
「え?」

戸惑いの表情を浮かべるロヴィーノ。
「ちょ、違うだろ!」
「ええやん。お前はプーやもん」
ギルベルトは一生懸命に否定するが、またしてもアントーニョが邪魔をする。
「よくねえよ!」
「え、ぷ、プー…?」

訳がわからないため、ロヴィーノがとりあえず聞き返すと、全く違う反応が同時に返ってきた。
「違う!」
「そうやで」
それから二人は喧嘩にも似た言い合いを開始した。

「おい!余計なこと言うなよ!」
「もーわかったわー。ロヴィ、プー太郎やから、プーっていうねん」
「…はあ」
付いていくことを諦めたロヴィーノは、溜め息混じりに相槌を打つ。
「ギルベルト!ギルベルト・バイルシュミット!」

とうとうギルベルトはしびれを切らしたらしく、ロヴィーノに向かって叫んだ。
「あ、ああ…わかった。俺は、ロヴィーノ・ヴァルガス」

自己紹介を済ませてしまったギルベルトに、アントーニョはつまらない、といった様子で呟く。
「…言うなやー」
「言うよ!普通に考えて言うだろ!」
「あ、プー、普通やったんや…。ごめん、俺の中では異常やったから…」
「俺に対してひどいな!お前もそう思わねえか?」
「え?」

唐突に話題を振られ、対応しきれないロヴィーノ。
代わりにアントーニョが冷たく返す。
「思うわけないやろ」
「わかったから!喧嘩すんなよ」

再び睨み合いが始まりそうになったので、ロヴィーノが仲裁役を買って出る。
「…しゃーないな」
「こっちの台詞だっつの」
アントーニョは、ふとギルベルトを呼んだ目的を思い出して、話を切り出す。
「…せや、プーは手伝いにきたんやんな?」
「ああ」
「んじゃ、今から収穫しよかー」
「わかった」
「プーは先にしといて」

アントーニョからカゴを渡されたギルベルトは、綺麗に色付いたトマトを手際良く収穫していく。
「…ロヴィは、どないする?」
「え?」
「ずっと見とくんも暇やろ?…収穫、手伝ってくれるか?」
「…別にいいけど。どうすんだ?」

アントーニョはトマトの茎に手をやり、ロヴィーノに説明する。
「えっとなあ…トマトは手で収穫できんねん。ここをな、親指で弾くようにしたら…」
トマトは簡単に取れ、アントーニョの手の中に納まる。
「あ…」
「な?すぐとれたやろ?」
ロヴィーノは頷いて、少しだけ微笑みを浮かべた。
「ロヴィもやってみ」
「うん」

アントーニョを真似てみようとするものの、ロヴィーノは上手く出来ずに首を傾げる。
「…あれ?」
「そこちゃうで。もうちょい下…」
アントーニョは、そんなロヴィーノの手に自らの手を重ねて動かした。
「あ」
「ほら、とれた」
「……」

トマトの茎が難なく千切れ、ロヴィーノは手の中のそれを見つめる。
次第に眉間にしわを寄せるロヴィーノの心情を察してか、アントーニョは言った。
「ロヴィもすぐできるようになるわ」
「本当か?」

その表情が、ぱっと明るくなり、ロヴィーノはアントーニョを期待のこめられた目で見る。
アントーニョも笑顔で答えた。
「もちろん」
「お前ら!」

和やかな空気が流れていたところに、ギルベルトが乱入する。
「あ、プー、まだいたんや」
「いるよ!当然のことながらいるよ!」
「ごめん、忘れてたわ」
「人がせっかく手伝ってやってんのに!いちゃついてんじゃねえよ!」
「ちがっ…!」

大声でまくし立てるギルベルトに、ロヴィーノは顔を赤らめて反論する。
「いちゃついてへんわ。そんなこと言ってる暇あったら、はよ仕事せえ」
ぶつくさ言いながら、再び収穫し始めるギルベルト。
「ごめんな、ロヴィ」
「…き、気にしてねえから」

ロヴィーノは赤い顔をそむけて言った。
「そっか。なら、ええねんけど。…じゃあ、ロヴィはこの辺頼むわ!俺、向こうの方行ってくるし」
「わかった」
ロヴィーノとようやく視線を交わすと、アントーニョは安心したように笑った。
「カゴ置いとくし、トマトこん中いれてな」
「うん」

行きかけて立ち止まり、アントーニョはギルベルトに向かって話しかける。
「プー」
「なんだよ」
「ちゃんと仕事しいや」
「わかってるっつの」
ギルベルトは手を止めずにアントーニョに返答する。

はちきれんばかりに膨らんだ赤い実が、ひとつ、またひとつ、とカゴに入った。


日が沈むにはまだ時間がある昼下がり。
アントーニョは、トマト畑で作業を続ける二人に、呼びかける。
「そろそろ終わろかー」
「おう」
首から下げたタオルで軽く汗を拭うギルベルトに、アントーニョは耳打ちする。
「(…変なこと言わんかったやろな?)」
「(当たり前だろ)」
「…?」

二人がこそこそと何を話しているのか、ロヴィーノには皆目見当もつかない。
「飯どうする?」
「んー…フランシスのとこ行ってもええかなって思ってたんやけど…ロヴィがいるしな…」

ギルベルトの質問に、アントーニョは結論を濁した答えを返した。
「別にいいんじゃねえの?」
「いや、ロヴィが危ないって」
軽く言うギルベルトに、アントーニョは嫌にはっきりと断言する。
「あー…。まあ、大丈夫だろ。あいつもそんな趣味ねえって。しかも、どうせトマト届けに行くんだろ?」
「そやけど…」
正論を返され、アントーニョは言葉につまる。
「じゃあ、行こうぜ。…あ、ロヴィーノ、だったよな?美味い飯食わしてくれる奴がいるんだよ。そいつんとこ行こうと思ってんだけど、来るよな?」
「…うん」

ロヴィーノは少しだけ考えて、首を縦に振った。
「よし、決まりだな」
珍しくギルベルトの意見が通り、彼は満足そうに笑った。
すると、アントーニョはギルベルトに、半ば脅しじみた提案を持ちかけた。
「もちろん、プーのおごりやんな?」
「え、なんでだよ」
「ええやん。ケチケチすんなや」
「…しゃーねえな」

今度はギルベルトが押され、断り切れずに承諾する。
「よっしゃ!」
ひとしきり喜んだ後、アントーニョは大事な仕事を思い出した。

「…あ、行く前に、サディクさんとこ寄ってええか?」