グラスの中の氷が溶け、澄んだ音を立てて崩れた。
きつすぎる安酒はたいして口に合わなかったが、なんだか無性に酔いたい気分だったのだ。
バーのカウンターに座る、パーカーの付いた上着に、ジーンズ姿のまだ若い青年は、手の中のグラスを揺らす。
安っぽいジャズに合わせて歌う派手な化粧の女が浅ましく、現状に縋りついている自分を嘲っているように見えた。
自嘲的な笑みを浮かべ、金髪の青年―アルフレッド・ジョーンズは再びグラスに口を付けた。
「…あれ、アルじゃねえか」
後ろから声をかけられ、振り返る。と、
「アーサー…」
そこには、大学時代の知り合いがいた。
「…お前、なんでこんなとこにいるんだよ」
堅苦しいスーツに身を包んだアーサー・カークランドの世話を焼きたがる性分は変わりないらしく、心配そうに近付いてきた。
眉間にしわを寄せて説教する癖も、まるで変わっていない。
「…なんでって、見ればわかるだろう?君こそ、何してるんだよ」
「上司の付き合いだ。ガキが、こんなとこ一人で来るんじゃねえよ」
「もうガキなんて言われる歳じゃないんだけど」
「俺からしたら、お前なんてまだまだガキだよ」
そう言いながら、アーサーはアルフレッドの隣の席についた。
「ちょ、君、なんでそこに座るんだい?」
「久しぶりなんだから、別にいいだろ」
「……」
「何だよその顔は。俺の酒が飲めねえって言うのか?」
アルフレッドは、酔っぱらいに絡まれたに等しい自らの状況を心の中で嘆く。
「…わかった、わかったよ」
「それでいいんだよ」
アーサーが嬉しそうな笑顔をアルフレッドに向ける。
すると何故か、胸が痛んだ。
そんなアルフレッドを全く気に留める様子もなく、アーサーは酒を仰ぎ始めた。
「…で、お前今何してんだよ?」
もっと強く拒否すれば良かったと思っても、アーサーの家での二次会が終盤を迎えているところを見ると、もう後の祭りである。
「特に何もしてないって、さっきから言ってるだろう?」
「ニートか?ニートなのか?」
ちなみにこの流れも既に三回目で、偽経歴―レジェンドを告げるのも面倒になったアルフレッドは、すぐさま肯定の意を示した。
「うん。もうそれでいいよ」
「俺はお前をそんな奴に育てた覚えはない!」
いきなり肩を掴まれ、アーサーにがくがくと揺らされるアルフレッド。
「だろうね。僕も君に育てられた覚えがない」
肩に置かれた手をアルフレッドが外すと、アーサーは拗ねた声音で言った。
「ったく…ああ言えばこう言うんだからよ…」
「それは君もだよ」
「あーあ、昔はあんなに可愛かったのになあ」
ガラステーブルに突っ伏して、アーサーは呟く。
「ちょ、もうその話はするなって言ってるだろ?」
「いいじゃねえか、減るもんじゃなし」
「精神的に減るから。ていうか君、酔ってるよね?しかも悪酔い」
この人は酒乱なんだった、と今さらながらにアルフレッドは思い出す。
「うるせえ!酔ってねえよ。こんなん酔ったうちに入んねえ」
「いや、酔ってる」
「ああ!もう、うるせえっつの!」
「はいはい、酔っぱらいは早く寝てよね」
手足を子供のようにばたつかせるアーサーを、アルフレッドがベットに連れていく。
「だーかーらー!酔ってねぇって…」
ベットに転がされてもしつこく食い下がってくるアーサーの手を振り払いつつ、アルフレッドは言った。
「わかった、わかったよ!」
ふと、アーサーの動きが止まった。
「…あ、アル…」
「ん?何だい?」
アルフレッドはベットに腰かけ、アーサーの顔を覗き込む。
「また、飲もうな…」
一瞬考えて、アルフレッドはこの場をやりすごす一言を思いついた。
「…気が向いたらね」
「…ああ。あ、でも、来週から出張なんだった…。まだ先になりそうだな…」
「…へえ。どこ行くの?」
「ん?うー…確か、フランスだったかな…?いや、スペインか…?まあ、その辺だよ」
働かない頭を無理やり動かして、アーサーは答える。
「そうなんだ」
「ああ。なんか、質の良い野菜だかなんだかが採れるとかで…。…上が、契約結んで来いって。まあ、俺にかかればすぐ終わるけどな!」
どこからそんな自信が湧いてくるんだか。
そう思ったが口には出さず、アルフレッドは軽く相槌を打つ。
「はいはい。そうだね」
「いや、まじですぐ終わるんだからな…」
「わかったわかった」
「だから、絶対飲む……」
うつろなアーサーの目が閉じられていく。
「…そうだね」
柔らかなベットの中で、すやすやと安らかな寝息を立てるアーサーに、アルフレッドは呟く。
「…さよなら、アーサー」
もう二度と、彼に会えるとは思えなかった。