お茶は渋い方がいい。
なんて、年寄りくさいことを言うようになってしまったのは、いつからだろう。
右隣に腰掛けている、同じ色の髪を後ろで一つに束ねた人の背を、仰ぎ見なくなった時からだろうか。
手元にある冷えた麦茶の入ったグラスを口元に運ぶ。
すると、隣のその人―王耀も、同じ動作をした。
「…日本では、」
すっきりと晴れた夜空の前で、笹の葉が揺れている。
「…ん?」
唐突に話を切り替えたのだが、耀は特に何の反応も見せず、適当に相槌を打つだけだった。
「日本では、願い事を書いた短冊を笹に吊すと、その願い事が叶うんですよ」
「まじあるか?」
かなりいい食い付き具合で、耀は言った。
「まじです。やりますか?」
話を切り出した、黒髪の男―本田菊が尋ねると、
「やるある!」
王耀は、実行する前から楽しそうな声をあげるのだった。
菊が取り出してきた折り紙製の短冊に、耀は縁側に寝転がって、文字を書いていく。
「…できたある!」
起きあがると同時に、耀は嬉々として言った。
そんな彼を微笑ましく思いながら、菊は尋ねた。
「何と書いたんですか?」
「菊が、可愛かったあの頃に戻りますように」
「え?」
予想外の答えに、菊の表情が凍り付く。
いくらなんでも、そんな非現実的な願いが叶う世界ではないだろう。
「だから、菊が可愛かったあの頃に戻りますようにって書いたある」
「いや…それは、ちょっと…」
どこまで本気で、どこからが冗談なのか全くわからない。
というよりは、全て本気で言ってそうで怖い、と菊は思っていた。
「さすがの七夕でも、無理なお願…」
「その願い、叶えてやるぞ!」
「は?」
唐突に現れたのは、純白の一枚布を身に纏い、背中から同じ色の羽を生やした天使…のような恰好をした人間だった。
金髪にガラス玉みたいな緑色の瞳をした男―アーサー・カークランドは、素足を惜しげもなく晒して立っていた。
「…あの、アーサーさん」
「何やってるかアヘン」
「俺は、ブリタニアエンジェル略してブリ天だ!」
冷ややかな応対にもめげず、アーサーもといブリ天は名乗りをあげる。
「…はあ」
「その願い、叶えてやろう!」
エンジェルらしさの欠片もない不遜な態度で、ブリ天は言った。
「とりあえず…」
突っ込みたいところは山ほどあるが、ひとまず置いておいて、菊は懐に手を入れる。
「一枚いいですか?」
取り出したものは、言わずもがなデジタルカメラであった。
「撮る価値あるか?」
耀が冷静な疑問を投げかけると、菊は目を輝かせて答える。
「もちろんですよ」
だが、レンズを向けた瞬間、ブリ天が手に握られた安っぽいステッキを振った。
「ほぁた☆」
同時に発するかけ声に反応して、辺りに煙が巻き起こった。
「うわ!」
驚きの余り、デジタルカメラから手を放しそうになる菊。
だが、間一髪それは免れたようで、手の中には冷たい金属の感触がまだあった。
「菊、大丈夫あるか!?」
「…え、ええ」
煙が晴れていくにつれ、真っ白だった視界も元に戻っていく。
耀の伸ばした手を、菊は握りしめようとした。
「…あ、れ?」
思った以上にその手が大きかったらしく、菊は手のひらでなく、指を掴んでいた。
「…菊?」
耀も異変を感じたらしく、呼びかける声には疑問が滲んでいた。
「う、わあああ!!」
「き、菊!?」
視界が完全に晴れ、二人は同時に叫んだ。
菊の身長は願い通り耀の膝下ほどまで縮んでいたのである。
ありえない事象に卒倒しそうになるが、菊は気力で持ち直した。
「なんですかこれは!」
「魔法だ!」
それを引き起こした張本人は、まだ偉そうな態度を崩さず言った。
「ふざけないでください!」
言いながらブリ天に詰め寄ると、急に菊の足が宙に浮いた。
「え?」
「可愛いある!」
「ちょっと、下ろしてください!」
「嫌あるよ」
耀に抱きしめられた菊がもがくが、力の差が大きすぎて何の意味もなかった。
「その魔法は今夜一晩しか続かないからな!」
ブリ天はあっさりと注意事項を述べて、背中の羽を広げて飛んで帰る…というわけでもなく、普通に玄関から歩いて帰って行った。
「え…」
「アヘンも、たまにはいいことしていくある」
腕の中から耀を見上げると、頬が非常に緩んでいて、幸せがこちらまで伝わってきた。
「どこがいいことですか」
「可愛いある〜」
「ちょっと、人の話を聞いてください」
「え?何か言ったあるか?」
「…下ろしてください」
「…しゃーねえあるな」
何が仕方ないのか、全くわからなかったが、菊は解放されたことにまず安堵した。
短冊と僅かな飾りを手に取り、菊はそれらを笹に掛けていく。
「よいしょ…っと」
爪先立ちをして、高いところにも短冊を掛けようとするが、その手は届かずに、空を切るだけだった。
「…あれ?」
「手伝うあるよ」
見かねた耀が手伝いを申し出たため、菊は短冊を手渡しながら言った。
「あ、ありがとうございます」
だが、またもや菊の足が宙に浮いた。
「って、なんでですか!?」
「こうすれば、菊も手が届くある」
菊の突っ込みも虚しく、耀はさらりと言い切った。
「…まあ、そうですけど…」
「さあ、ちゃっちゃと付けるあるよ」
「…わかりました」
耀の勢いに押された菊は、しぶしぶ笹に飾りを付けていく。
意外と効率よく飾り付けは進み、付けるものも減っていった。
「…懐かしいあるな」
突然、耀が呟いたため、菊はちらと後ろを見る。
「え?」
すると、耀は過去に思いを馳せつつ言った。
「昔、よくこうして一緒に帰ったある」
「…そうですね」
星を見ながら夜道を歩いた、懐かしい記憶が蘇り、菊は僅かに頬を緩めた。
辺りは静かな空気に包まれ、時折吹く風が笹の葉を揺らす。
「…そういや、菊は何書いたあるか?」
ふと疑問に思ったらしく、耀は菊の手の中の短冊を覗き込む。
「え、ちょっと、見ないでくださいよ」
「減るもんじゃねえからいいある」
「…よくないです!」
むきになって嫌がる菊の手に握られた短冊を奪って、耀はそれを読み上げた。
「…無病息災…」
続けて、重なっていた二枚目も読み上げた。
「…持病の腰痛が治りますように」
抵抗をあきらめた菊は、じっと俯いたまま何も言わない。
しん、とした空気が漂った。
「…年寄りくさっ」
「あ、あなたに言われたくないです!」
耀の呟いた言葉が胸に突き刺さり、菊は全力で反論する。
「いや、これより絶対我のがましある」
「…確かに、そうですけど」
だが、ばっさりと切り捨てられ、それ以上言うべき言葉が見つからない。
耀の腕の中から見上げた夜空には、数えきれないほどの星々が瞬いていた。
あんま読み返してないからいろいろおかしいかも…(´・ω・)
ごめんよ…
菊様がちっさくなって、にーにとわーわーしてれば可愛いなとか思っただけなんだ←