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「奇縁-you.-」

ルートヴィッヒのいなくなった体育館倉庫の陰から、アーサーに電話をかける。
呼び出し音が数十回続いて、留守番の応対音声に切り替わった。
フェリシアーノは携帯電話をしまい、体育館の壁際から部室棟の方を、恐る恐る覗き込む。
と、一人の男子生徒が体育館から部室棟へ続く廊下を歩いていた。
既に制圧されているはずのそこから、何故彼は出てきたのか。
そんな疑問は、頭から消え失せていて、フェリシアーノは駆け出していた。

「ねえ、君!」
男子生徒と思しき人間は、足を止める。
「ここは危ないから、早く逃げ…」
彼は振り返って、フェリシアーノと視線を交わした。

まるで鏡を見ている気分だった。
フェリシアーノと全く同じ顔をしたその人間は、同じように表情を驚きに変える。
「…お前、」
「…君は、」

同時に言いかけた台詞は、フェリシアーノの知らない声によって遮られた。
「ロヴィ!引き上げんで!!」
「…っわかった!」
ロヴィと呼ばれた男は、フェリシアーノから目を逸らして、声のした方へ走っていった。
「…兄、ちゃん?」
人違いかもしれないと思ったが、あれはその人だという予感が勝った。







穏やかな春の日差しが、草木を明るく照らしている。
色鮮やかな花が咲き乱れる住宅街を、二人の男が歩く。
二人はある家の前で立ち止まって、話し出した。

「やはり、もう取り壊されたんですね」
黒髪の男がぽつりと呟いた。
彼も、現在とは違う、昔の風景を思い出しているのかもしれなかった。
「…そうらしいな」

聖レナーテ学園での事件から、三日が過ぎた。
ルートヴィッヒの隣の男―ローデリヒはあの時、殺されかけた。
だが、ぎりぎりのところでルートヴィッヒが間に合い、黒髪の男を撃った。
だが、その男は防弾ベストを着ていたため、殺せなかったのである。
そして、男は窓から飛び降り、逃走した。

「思い出したんです」
「何をだ?」
ローデリヒは目の前の家のチャイムを鳴らす。
突然の行動に驚いたが、何も言わず様子を見守る。
中から女性の声が聞こえ、しばらくして木製の扉が開かれた。
出てきたのは、人の良さそうな初老の女性だった。
少し色褪せた金の髪を、後ろで一つにまとめ、ストールを羽織っている。
「…あら、どなたかしら?」
「以前、ここに住んでいた者です。…きれいなお庭ですね。よろしければ、見せて頂けませんか?」
ローデリヒが自然な微笑みを浮かべる横で、ルートヴィッヒも仏頂面をしている訳にもいかず、無理に口角をあげる。
「まあ、そうなの。どうぞ、見ていってくださいな」
彼女も外に出て、裏庭へ案内される。
素朴だが、可愛らしく整えられた裏庭にも、鮮やかな花が咲いていた。

「…あの木、ずっと前からありますよね」
ローデリヒが指差した木は、青々とした葉を付け、全体に薄紅色の花を咲かせている。
「ええ」
「…私が幼かったころ、植えたんです」
「そうだったのね。今じゃ、こんなにきれいな花を見せてくれるわ」
彼女も微笑んで、続ける。
「…良かったら、また7月頃にいらっしゃいな。このアプリコットのジャムでお茶をしましょう」
「…はい。ありがとうございます」

その木に近付いて、ローデリヒは呟く。
「"アプリコットの木の下"」
「え?」
「…両親が贈ってくれた、オルゴールの曲名です。それを思い出したから、ここに来たのですが…」
ルートヴィッヒの方を向いて、ローデリヒは言った。
「何もないみたいですね」
「そうか」
ローデリヒが首を縦に振った。
その時、初老の女性が驚きに満ちた表情を浮かべて、話しかけてきた。
「え?…ねえ、」
「はい」
ローデリヒが返事をする。
「ちょっと、待っててくれる?」
「?はい」
彼女が裏口から家の中へ入った後、残された二人は不思議そうに顔を見合わせる。
「…何でしょうか」
「わからん」

少し時間が経って、裏口の扉が開いた。
出てきた彼女のその手には、所々錆びて茶色く変色した小さな箱が握られていた。
「この間、庭のお掃除をしていたら、木の根元で何かが光ってたの。それで、掘ってみたら、これが…」
「…えっと…」
「勝手に開けちゃいけないと思って、まだ開けてないから、何が入ってるのかはわからないけれど…。これはきっと、あなたのものね」
「え?」
「どうぞ」
慈しむように渡された小箱は、ローデリヒの手の中にすっぽりと収まった。
「…ありがとうございます」
「いいえ」
彼女につられて、ローデリヒの表情も、驚きから微笑みに変わった。

彼女の見送りを受けて、二人は住宅街の道を歩く。
「…もう一つ、思い出したことがあるんです」
「ん?」
「年上っていうのは、嘘ですよね」
「…ばれたか」
いたずらっぽくルートヴィッヒが言うとローデリヒは呆れたように笑って、正面に視線を移す。

目前の道は、ひたすらにまっすぐ伸びていて、このまま歩けば地平線の遥か向こうまで行ける。そんな気がした。



長いですね。
一応、ここで一段落です。
おまけは西ロマコンビですよー(笑