Site Title


注意!!
・オリジナルキャラクターが出ます!!

-空-



うち寄せる波は穏やかで、波打ちぎわに水泡を残して戻っていく。
だが、すぐに水泡は砂浜に溶けていき、また新しく生み出されるそれのために場所を作っているかのように見えた。
青い空と海は沈みゆく太陽に茜色を足されて、薄紫に染まっている。

同じ空でも、こんなに違うものか。

頭の中に思い描く、遠く離れた自国の景色と比べながら、黒髪の男はそんな感想を漏らした。
海特有の湿気と塩分を含んだ風が凪いで、髪をなびかせる。
黒い瞳で水平線をぼんやりと眺めていると、ふいに後ろから呼びかけられた。

「…日本」

振り返って、日本は声の主と視線を交わす。
彼も茜色に染められて、金の髪は橙に近い色になっている。

「何ですか?イギリスさん」
「風に当たりすぎると、身体を冷やすぞ」
「そうですね。すいません」
つっけんどんなイギリスの注意に、日本はとりあえず謝る。

「あ、いや、べ、別に、俺はお前の心配をして、言ってる訳じゃないんだからな!風邪でも引かれたら、俺が困るんだ!だから、その…謝ったり、すんな」
「…はい。ありがとうございます」
既に、イギリスの発言が照れ隠しだとわかっている日本は、顔をほころばせる。
どことなくばつの悪くなったイギリスは、咳払いをして、日本に尋ねた。

「……何を、してたんだ?」
「…空を、見てたんです」
「空?」

訝しげに聞き返すイギリス。
「…同じ空なのに、私のところとはこんなに違うんだな、と思うと、なんだか切なくなってしまって…」
答える日本の横に、イギリスは並んだ。
「せつなく…?」
「はい。切ない、ですね」

目前に広がる、空と海の境目に飲み込まれていく太陽を見つめる日本は、イギリスにはどこか悲しげに見えた。
「…悲しい、のか?」
「いえ、そういうことではなくてですね…」
「故郷が懐かしい?」
「…そう、ですね…。懐かしいから、切ないのかもしれません」
「懐かしいから、切ない…。なら、別の意味か」

眉根を寄せながらイギリスが言うと、日本は朗らかに解説する。

「切ない、というのは…胸が締めつけられるような感じ、ですかね」
「……痛いってことか?」
しばらく考えて、イギリスは訊く。
「痛い、というよりかは、つらい、に近いかと」
「…苦しい?」
「そうですね…。つらい、と思っているわけではないのに、なんとなく苦しい…って感じですかね」

そう言う日本は、どこか遠くに視線をやっていて、遥か水平線の向こうの自国を見ているのかもしれなかった。

「なんとなく、苦しい…?…日本語は難しいな」
「そうですね。…例えば、大切な誰かと別れなくてはならない時、そう感じるのだと思います」
再び日本はイギリスの方を見る。
「誰かが、死んだ時とか?」
「えーっと…ちょっと、違いますかね。どちらかというと、また会える人と別れる時だと思います。…後、昔に死んだ人を思い出す時も、そんな気持ちだと思いますよ」
「やっぱ日本語は難しいな」
「そのうち、わかる時が来ますよ」
「…そうか」

茜色が消えていくにつれて、空が紫から深みのある紺に変わる。
月が、ここモルッカ諸島の波間に浮かぶのには、まだ時間があった。







"切ない"という単語の意味を理解したのは、それからすぐのことだった。

陽はとうの昔に沈み、星々が瞬く空には、月がぽっかりと浮かんでいる。
それが、やけに白い月だったのを、覚えている。
イギリスは本国に提出する書類をまとめながら、いつもより遅い日本の帰りを待っていた。
また海でも眺めているのか、と思ったが、あまりに遅いため、迎えに行こうと席を立つ。
それと時を同じくして、その事件は起こった。

ドン。建物が崩れるかと思うほどの衝撃と追突音が商館を襲う。

「っうわ!!」
続けて、人間の叫び声が次々と上がり、屋敷の中にこだまする。
「なんだ?!」

扉を乱暴に開けて、イギリスは部屋から出て行く。
急いで階段を駆け降りて、商館の一階に至った。
「あら、イギリスじゃない。あなたもここにいたのね」
妖艶に微笑む女は血に塗れ、その周りには死体が散乱していた。
腰まで届く血に染まったかのような艶やかな赤毛の女は、オランダ商館の一切を取り仕切っている人間だった。

「お前、オランダ商館の…?なんで…」
「この子が全部教えてくれたから」

彼女が細くしなやかな指を鳴らすと、彼女のとりまきの一人が、肩に担いでいたものを落とす。
「っ日本!?」
イギリスの目の前に投げ出されたそれは、紛れもなく日本その人だった。
彼は気を失っており、イギリスが呼びかけても全く反応を示さない。

「安心して。彼には、何もしてないわ」
女神のような笑みを浮かべ、彼女は言った。
「…代わりに、彼の仲間の身体に訊いたけど」
が、それは悪魔を思わせる歪んだ微笑みに変わり、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「ああ、それと…薬も使ったから…。壊れてないといいわね、その子」
「てめえ…」
イギリスは掴みかかろうとするが、彼女のとりまきに阻まれる。
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちでしょう?」
計画の存在が露呈した以上、イギリスに反論の余地はない。

「……っ」
「イギリス」
「…何だ」
「ここから手を引きなさい」
「…できると思ってんのか」
「それで痛み分けってことにしてあげる」

なお睨み続けるイギリスに、彼女は嘆息を吐いて言う。
「…勘違いしないでよ?私は"提案"してるんじゃない。あなたに"命令"してるの」

これ以上は、許さない。

路上のゴミにたかる蠅を見るよりも冷ややかな視線が、そう物語っていた。
「……」
イギリスはまとわりつく男の手を振り払い、彼女に背を向けて日本の傍に膝をつく。
「…じゃあ、私はこれで失礼するわね」
男の一人に何かを耳打ちされ、彼女は言う。
「次はないわよ」
その言葉だけを残して、彼女は商館から出て行った。

イギリスが、書類をまとめ直さなければ、と考えていたところで、日本は目を覚ました。
「……あ、イギリス、さ…」
「日本、大丈夫か?」
できるだけ優しく、日本に尋ねるイギリス。
「…っごめんなさ…」
だが、日本はイギリスから目を逸らして、謝罪の言葉を口にする。
「なんで、謝るんだよ…」
「…私、きっと…話して、しまいました…ごめんなさい…」
「いいから、喋るな」
「記憶が…曖昧で…あまり、覚えてないんですけど……多分、話してしまったと、思います…ごめんなさ…」
「もういい!」

「……ごめんなさい…」
言うべき言葉が見つからず、日本は再びイギリスに謝って、意識を手放した。
「…なんで、謝るんだよ」
質問とも独り言ともつかない呟きは、誰の耳にも届かない。

確かにオランダ商館襲撃計画は破綻したが、責任は全てこちらにある。
日本は手すら貸していないのだ。
ただ、耳を傾け、全容を知ってしまっただけ。
日本を巻き込んだのは俺だ。
馬鹿な考えと一蹴できなかったのは、意識の戻らない日本が腕の中にいるからかもしれなかった。
ぼんやりと、だが確実に近付いてくる別れの予感に、イギリスは息苦しさを覚えた。







久方振りの、故郷の海から昇る朝陽が目にしみる。
日本が事件後の経緯を思い返すと、自然にイギリスのことも思い出された。
あれから、イギリスは平戸の商館を閉鎖し、ここから引き上げて行った。

「…こんな寂れた島国…は、ちょっとつらいですね」

自分の所為で、あの島から撤退を余儀なくされたのだから、仕方ないとは思っていたけれど。
いつものように、イギリスさんは天邪鬼だから、と受け流せないのは、もはや関係がなくなってしまったからだろうか。
あの島とは全く違う、空と海とを見つめて、日本は遠い水平線の向こうに思いを馳せた。




友達とテーマを決めて物語を書いてます!
テーマは、「空」ということで、以前から書きたかったアンボイナ事件を題材に英+日を書かせて頂きました!
誰がなんと言おうと、英+日 です!!!!
書いてるうちに、あれ?これ、テーマは「空」かな…?みたいな話になってしまいましたw
キーワードは、「空」と「切ない」ですねw
英語には、「切ない」という単語が存在しないと聞いて、それも詰め込んじゃったw←
「切ない」を一生懸命伝えようとする日本を書きたかったんだww
以上、ハンドガンブラッディレッド、略してハブレの提供でお届けしました!